それは突然の訪問者から

私の母は所謂シングルマザーという奴で、女手ひとつで私をここまで育ててくれた。
小学校を卒業するまではいろいろと寂しい思いもしたけれど、中学になる頃には自分から進んで家の手伝いをしたり、また高校に上がってからはアルバイトをして母を助けたりもした。

そんな中飛び込んできた母の訃報。
あまりにも突然すぎて悲しむ余裕もなく、学校の先生方にいろいろとお世話になり、お葬式やらなんやらと慌しい日々が過ぎて、ようやく落ち着いて一息入れられる状態になったある日、一人の男の人が私を訪ねてきた。

それは、母が事故で亡くなってから2週間後のことだった。






「……と、言うわけです。ここまでは理解していただけましたか?」
「はぁ……なんとなくは」
突然やってきたその人は、母の知り合いの弁護士だと名乗った。
なんで弁護士なんて職業の人がこんな家に訪ねてくるのか、まさかかーさん私に隠れてなんかやばいことでもやってたのかしら、なんて思ったけれど、その人がよくテレビで見る悪徳弁護士みたいなドス黒い囲気じゃなくて、ほんとにいい人オーラが漂っていたので、ついつい話を聞く態勢を取ってしまったのだった。
「で、美桜(みお)さんの今後のことなんですが……」
「あー……それは私も何とかしないとなぁって思ってたところだったんですけど……どーしていいかわかんなくて」
そう言ってへらへらと笑うと、弁護士さんも釣られたのか小さく笑った。
さすがに高校生一人じゃアパートも借りれないだろうし、かといって親戚やなんかに当てがあるわけもなく、かと言って学校を頼るのもなんか違う気がして。
「桜子さんからお伺いした話では、桜子さんのお父さん……つまり美桜さんのお爺さんですね。その方が生存なさっているそうです」
「……お爺さん……?」
母からはそんなこと一言も聞いていなかったので、思わず鸚鵡返しに聞き返す。
「ああ……桜子(さくらこ)さんからは何もお聞きではなかったんでしたね。えっと……住所が変わられていなければ、隣町の……横山荘というアパートで管理人をしてらっしゃるとか」
手元の資料を眺めながら、弁護士さんは相変わらずの優しい顔で私に説明をしてくれた。

その弁護士さんの話によると、要するに母方の祖父だとかいう人がいるらしい。
遺言状……ってほどの大層なもんでもないけど、母が残した手紙によると、何かあったときには祖父を訪ねろ、ただし喧嘩別れした相手なので向こうが私を受け入れてくれるかどうかはわからない、ということなんだそうだ。

……喧嘩別れって……かーさん一体何しでかしたんだか……。

まあそんなことは今更どうでもいいことなのかもしれないな、と思いなおして、その弁護士さんの顔をちらりと見ると、また優しい笑顔を向けてくれる。
「一度お会いしてみますか?もちろん、僕も同行させていただきますので」
「……確かにこのままここでぐずぐずしてるわけにも行かないですし」
「そうですね、僕の仕事の都合もあるので……ではこの日曜日などどうでしょう?」
「あ、大丈夫です。予定ないです」
意外にあっさりと話もまとまり、3日後にお爺さんとやらのもとへ出かけることになった。


とまあ、かいつまんで話してみればこれだけの話。
まさかこれだけの話がのちのち大事になるとは、当時の私としては少しも思ってもいなかったのであった。