母と祖父と私

3日間がこんなに長いとは誰が予想しただろうか。
恋人とのデートを心待ちにする女の子の気持ちってこんなもんなんだろうか、ちょっと違うかな、なんて思いながら過ごした3日間はいつもより長く感じられた。

弁護士さんに連れられてたどり着いた先は、一軒の大きな建物。
アパートって聞いてたけど私が住んでるごく普通のアパートとは違って、なんていうかでかい一戸建ての、平たく言えば学生寮のようなそんな感じの建物。
「……なんか、想像してたのと違う」
「ええ、実は私も昨日下見に来て驚きました」
そう言って弁護士さんも笑って、それじゃ行きましょうと私を促す。

門をくぐると、そのアパートは古いけれども手入れが行き届いていて、上手くいえないけれどお寺というか文化財というか、なんかそういうものを連想させた。
「ごめんください」
弁護士さんが玄関らしき扉を開けて中に入る。とりあえず私もついて中に入った。
玄関は広くてほんとにお寺のようなイメージ。
「はい?どなたですか?」
そう言って奥から出てきたのは、若い男の人。
……っていうかめっちゃ綺麗なんですけど。
男の人に綺麗って言う形容詞はいかがなものかとも思ったけど、綺麗という表現以外に適切な表現が見つからない。
「すみません、大川弁護士事務所から参りました、山之内と申しますが……横山源次郎さんはご在宅でしょうか?」
弁護士さんの言葉に、その人はものすごく怪訝な顔をした。
「……弁護士?申し訳ありませんが、どういったご用件でしょうか?」
「ああ……その、源次郎さんの娘である横山桜子さんの件でお伺いさせていただきました」
そう言って弁護士さんは名刺をその男の人に手渡す。
「そうですか、立ち話もなんですから、中へどうぞ」
そう言ってその人はスリッパをふたつ出してくれた。
「では失礼して……美桜さんも」
「あ、はい」
弁護士さんに促され、私は慌てて靴を脱いだ。その様子を見ていた男の人が柔らかく微笑んで私を見たので、なんかちょっと緊張した。




「桜子なんて女は知らんぞ」
なんか見た目からして頑固そうなお爺さんは、開口一番そう言い放った。
「……は?」
「だから桜子なんぞ知らんと言っておる」
いきなりのお爺さんの一言に、弁護士さんと私は固まるしかなかった。

ま、まああの手紙の内容からしてこうなるであろうことはある程度予想できてたけど……かーさんホントにお爺さんに何したんだか……。

弁護士さんがいろいろと説明をするも、お爺さんは知らぬ存ぜぬ関係ないとその一点張りで、話を聞こうともしない。
弁護士さんが困ったように説明をする横でなんだか怒りが沸いてきた私は、弁護士さんの言葉をさえぎって口を開いた。、
「……かーさん、死にました」
「何……?」
「かーさん……母が最後に残してくれた手紙に、ここを訪ねろってあったんです。喧嘩別れしたから受け入れてくれるかどうかはわからないけど、頼れるのはここしかないからって」
頑固に見えたお爺さんの顔が少しだけ崩れた。
「……大丈夫です。私ももう高校生だし、母が残してくれたいろんなものもあるし、最悪施設に入るって手もあるし……何とかやってみます。なんともならなかったら、そのとき考えます。突然お邪魔して申し訳ありませんでした」
そう言ってカバンを持って立ち上がる。こういう短気なところはかーさんに似ちゃったんだろうなぁ、なんて思いながら目の前のお爺さんに一礼して、応接室を出ようとしたところで、お爺さんの小さな声が聞こえた。
「……桜子は、死んだのか」
「ええ、事故でした」
私の代わりに弁護士さんが答えると、お爺さんのため息が聞こえた。
「……何かあったらワシを頼れ、と」
「そうですね。桜子さんご本人も……こんなことならもう少し素直になっておけばよかったと言ってました」
弁護士さんが苦笑して、名刺とかーさんの残した手紙をお爺さんに差し出した。
「……気が変わられましたら、ご連絡いただけますか」
「むぅ……」
「では、失礼します」



正直そのあとのことはあんまり覚えていない。これからどうすればいいのか、そればっかり考えてた。
「……大丈夫ですよ。人間はいつまでも怒っていられるものじゃありませんから」
「そう……ですかね」
「ええ。ですから一人で悩まないで。美桜さんも何かあったら電話してください」
「い、いえあの……お金ありませんし……あはは……」
そういって苦笑すると、弁護士さんはまたあの優しい笑顔を向けてくれた。

アパートに戻るとなんだかどっと疲れが出て、シャワーを浴びると、ああこれが全部夢だったらいいのにな、なんて思いながらそのまま私は眠りについた。