お爺さんは心配性?

お爺さんと会ってから2週間ほどが過ぎた。
学校でのいろいろな手続きも済み、アパートの大家さんにも事情を説明したりして――結局これに関しては弁護士さんに頼ってしまったんだけれど――不慣れながらも何となくいつもの生活を取り戻しつつあった。
そんな時、突然鳴った呼び鈴の音に、宿題をしていた手を止め静かに玄関のドアスコープを覗くと、この間の弁護士さんが外に立っていた。
部屋の中はあまり片付いてはいなかったものの、とにかく中に招き入れてお茶を出した。
「こんにちは、突然すみません」
「いえ……えっと、何でしょうか?……ってまさかあの追加料金とかそういうのですか?!い、今は無理かもですけどちゃんと働いて月払いででも返しますから!」
「は?」
私の発言に弁護士さんは一瞬びっくりしたような顔をして、すぐにまた優しく微笑んだ。
「いえいえ、そうではなくて。実はお爺さんから連絡がありまして」
「……は?」
弁護士さんの言葉に、今度は私が言葉を失う番だった。

今更気が変わったのかなんなのか、お爺さんから私を引き取りたい旨の電話が弁護士さん宛てにあったらしい。それは私としても非常にありがたいし助かる話ではあるのだけれど……。
「……あの時私も喧嘩売るようなこと言っちゃったしなぁ」
「ははは。こうして向こうから電話がかかってきたということは大丈夫ですよ」
「そうですかね……」
気乗りはしないものの、学校の都合もあるので次の日曜日にまたおじいさんのところに行くことになった。大丈夫かな私……。

「……だからそんなに緊張しなくても」
お爺さんの家に向かう途中の道で何度目かのため息をつく私を見て、運転中の弁護士さんが苦笑した。
「いや……なんか私また何かをしでかしそうな気がしてですね……」
「大丈夫ですよ」
ああ、なんで弁護士さんの『大丈夫』にはこんなに安心できるんだろう。なんか魔法でも使ってんのかこの人、なんて思いながら弁護士さんを見ると、笑いながら言葉を続けた。
「こう見えても、人を観ることが仕事ですからね」
……そういうことですね。さすがに私なんかよりも人生経験が豊富なだけある。
そんなふうに雑談などしながらまたあのアパートの近くまで来ると、おじいさんと知らない男の人の話し声。
「だーからー、今日はバイトだってば。信用してよじっちゃん」
「信用できるかい!とにかく夜中12時過ぎたらカギ締めるからな!それまでには帰って来い!」
「えー、じっちゃんってばきびしー」
「信用して欲しけりゃ日ごろの行いを正さんかい」
……なんかアパートの前で大声出してものすごく機嫌悪そうなんですけど。
「……大丈夫、だと思いますよ……」
弁護士さんの『大丈夫』がこれほど頼りなく聞こえたのも初めてだった。

「……あれ、お客?」
「む……」
えらく明るい茶髪の人が私たちに気が付いて、お爺さんがふとこっちを向いた。
「……あの、お取り込み中でしたか?」
当たり障りのない言葉で様子を伺う弁護士さんを見て、お爺さんがばつが悪そうな顔をした。
「お恥ずかしいところを見られてしまいましたな」
「うんうん、じっちゃん声でかいしねー」
「誰のせいだと思っとるんじゃ」
「え、それってもしかして俺のせい?」
性格も軽そうな派手な人が大げさにショックを受けたような顔をしたと思ったら、ふっと私のほうを見た。
「珍しい。ここに女の子が来るとか」
「はへ?」
いきなり話を振られてびっくりして思わず変な声を出してしまった。その派手な人――ちくしょう、でも何気にイケメンだ――は私をじっと見ると突然まくし立てるかのように喋り始めた。
「……ってもしかして誰かの彼女だとか?うわショック!俺ですらまだ連れ込んでないのに!でもどう見てもハルさんじゃなさそうだからリョウガか?いやでもあいつ女に興味ねーとか常日頃言ってるし……まさかまさかハヤテくん?!いやハヤテくん勉強にしか興味ないはずだし!」

……なんすかこの人。頭の中に脳みそじゃなくて増えるわかめでも詰まってるんですか。というか私の隣にいる弁護士さんは目に入ってないんですか……なんて思ってたらお爺さんが呆れたように言った。心なしかこの人に向ける視線が冷たい。

「ソウタ……お前仕事に行くんじゃなかったのか……」
「あ、そーだった」
へらり、と笑ったかと思うとその人は私の頭をくしゃりと撫でた。口も早けりゃ手も早いって奴なのかね……。
「じゃーね……ってかじっちゃんカギ開けといて!マジで!」
「開けといて欲しけりゃ日が変わる前までに帰って来い!……まったく。いやお騒がせをして申し訳ない」
そういうとお爺さんは玄関を開けて私たちを招き入れてくれた。……大丈夫かなー……。

「……この間はすまなかったな」
「い……っ、いえ!私のほうこそ……短気起こしちゃってその……すみませんでした!」
慌てて頭を下げると、お爺さんは笑って、お茶を一口啜った。
「で、今後のことなんですが……」
「ああ、そうでしたな」
照れくさそうに笑うお爺さん。
「えーと……美桜、だったか?」
「へ、あ、は、はい?」
「お前が今のままあのアパートに住むというのであれば、家賃や生活費なんかはわしが責任を持って負担しよう。ここに住む、というのであれば……止めはせんが……」
そういってお爺さんは言葉を濁す。
正直な話、毎月のアパート代や水道光熱費やなんかを負担してもらうとか正直申し訳なさ過ぎる。しかもいくら血の繋がりがあるとはいえこの間初めて会ったばかりの人に。
「……いや、それはその……いろいろと勿体無いんじゃないかな……なんて」
ぽそり、と呟くと、弁護士さんが
「ここに住む……と?」
「あー……まあその方がお爺さんにも金銭的な面ではそれほど迷惑はかかんないし……学校ちょっと遠くなるけど別にそれは問題といえるほどの問題でもないし……」
「……まあここに住んでもらうのが一番手っ取り早いんじゃが……」
「……迷惑、ですか?」
歯切れの悪い返事をするお爺さんにそう問い返すと、お爺さんは慌てて否定した。
「いや、そういうわけではないんじゃが……何しろここには問題児がいるもんでな……」
さっきの人のことかな、なんて思いながらお爺さんの言葉を待つ。
「ここに住んでおるのはわしのほかに4人おってな……」
「はあ」
「あー……部屋も余っておるんじゃが……」
なんだか奥歯に物の挟まったような言い方をするお爺さんに少しだけイラッとした。結局私を引き取りたくない言い訳でも考えてんのかこんちくしょう。とか思ってお爺さんを見ると、ちょうど目が合った。同時に申し訳なさそうに俯いて。
「あー……ただここにいるのが男ばかりなもんでな……さすがにオオカミの群れの中に子羊を放つような真似をしたくないんでな……」
「……は?」


……どうやらお爺さんは私の貞操を守ろうとしてくださってたらしい。ごめんなさい心の中で悪態つこうとしましたむしろついてましたこんな私を許してください……!


「……い、いやあの……私気にしませんから……!って向こうが気にするのか……ああでも無駄遣いはしちゃいけないってかーさんからの教えが……!ああどうしよう!っていうか私なんかに興味持つような男の人とかいませんから!大丈夫ですから!彼氏いない暦=年齢ですから!」
「お、おちついて美桜さん……」
慌ててまくし立てる私と、それを慌てて止める弁護士さん。

ああ、私は一体どうすればいいんでしょうか。教えてえらい人!