長くて短い2週間

かーさんの教えその1、無駄遣いはするべからず。
かーさんの教えその2、人の話はちゃんと聞くこと。
かーさんの教えその3、食べ物の好き嫌いはするべからず。

そう言われ育てられた私の意見としては、私のためにお爺さんが無駄遣いをすることはものすごく駄目な気がするわけです。

ん。日本語がおかしいな。まだ頭が冷静になってないのかな。





「というわけで、お爺さんの申し出はものすごくありがたいし嬉しいんですが、それでお爺さんが無駄遣いをすることはかーさ……母も望んでないと思います」
お爺さんと弁護士さんに宥められ、とりあえず落ち着きを取り戻した私がお爺さんの目を見てキッパリとそう言うと、お爺さんは少しだけ嬉しそうな顔をした。
「……そうか。あれも立派に親をしておったんじゃな……わかった」
そう言うとお爺さんは奥の戸棚から何か書類を出して私に見せた。どうも部屋の間取り図らしい。
「今空き部屋になっておるのは2階に3部屋、1階に1部屋じゃが……女性ということを考慮するとやはり2階のほうがいいじゃろう。」
お爺さんの顔が少し真面目になったので、私も姿勢を正してお爺さんの話を真剣に聞いた。
「台所と風呂とトイレ、洗面所は申し訳ないが共同なんでな……近くに銭湯やコインランドリーもあるから、風呂や洗濯に関してはもし気になるようならそこを利用してもらってもかまわん」
「はあ……」
今時風呂トイレ共同って珍しいな、やっぱりアパートじゃなくて学生寮なのかな。そりゃ女の子が来ないはずだわ……。
「まあ、アパートを名乗ってはおるが貸し部屋みたいなもんじゃからの。今風に言えばシェアハウスとか言うやつじゃの」
ははは、とお爺さんが笑うので、釣られて私も笑顔を返した。
「……話はまとまったようですね」
「はぁ……なんかあまりにも急すぎてまだ頭ついてってないんですが……」
弁護士さんの言葉に苦笑する。
「とりあえずこれで僕も桜子さんとの約束を果たすことができて、安心しました」
「約束……ですか」
「ええ。これから先のことはお爺さんにお任せしますよ」
そう言って弁護士さんは優しく微笑んだ。

そのあと、空き部屋をいくつか覗かせてもらって自分の部屋を決めたり、引越しやらなんやかんやの打ち合わせをしたりといろんな話をして、私の学校との兼ね合いも考え、最終的に再来週の土日にお爺さんが車を出してくれることになり、荷物を運び込むことになった。……部屋片付けないとなぁ。

「ほんとにいろいろと、どうもありがとうございました」
「いえいえ。また何かありましたら……まあ僕を頼るようなことはないほうがいいでしょうが」
「いえいえ!何かあったときはまた……よろしくお願いしますっ!」
「だから何もないほうがいいんですよ」
アパートまで送ってくれた弁護士さんが笑いながらそう言ったと同時に私は深々と頭を下げた。
「ではまた、どこかで」
そう言って去って行く弁護士さんを見送って、少しでも片づけをしようとアパートの自室に戻る。
「……はー……なんかもー……慌しい1ヶ月だったな……」
誰に言うともなしにため息交じりに呟いて、本棚代わりにしているカラーボックスの上に置かれたかーさんの遺影に目をやる。その表情はにこやかに笑っていた。
「ま、悩んでても仕方ないし……なるようになれ、か」
鈴(りん)を鳴らして線香を焚き手を合わせると、とりあえず台所の掃除を始めた。


掃除しながら荷物を片付け、いらなさそうなものはすべて捨て、いらないけど使えそうなものはリサイクルに出し……と、掃除や手続きに明け暮れた2週間が過ぎると、部屋の中が随分と広く綺麗になっていた。
「……こんなもんかな」
お爺さんと約束したのは朝10時。時計を見ると9時半を少しだけ回っていた。そろそろかなー。
とりあえず荷物をなるべく玄関に近いほうへと移動するとほぼ同時に、玄関チャイムが鳴った。ドアスコープを確認するとお爺さんとこないだの茶髪さん。
「こーんにちは。こないだも会ったね。えっと、美桜ちゃんだっけ?」
「は、はぁ……どうも、初めまして……」
軽く頭を下げるとその人はまた私の頭をぽんと叩いた。……やっぱり軽いな、この人。
そう思ってちょっとたじろいだ瞬間、その人は後ろからお爺さんに蹴りを入れられていた。
「ところ構わず盛るんじゃない!馬鹿者!」
「ってぇ。じっちゃんひでえなー。これ以上蹴ると俺のケツ2つに割れるよ?」
「最初から割れとろーが。まったく。これだからお前を連れて行くのには抵抗があったんじゃ」
「えーでも俺ら4人の中じゃ俺かハルさんが一番お役立ちだと思うよ?」
へらへら笑いながらお爺さんに言い返すその人をぼんやり見ていると、少しだけ不思議そうな顔をして私を見た。
「ん?そんなに見つめられるとちょっと照れるんだけど。って言うか俺に惚れちゃった?」
「い、いえそうじゃなくて!」
その人の言葉に慌てて否定すると、わざとらしく落ち込んでみせるその人。ああもうその人その人って名前がわかんないからどうすりゃいいんだかわかんない。
「そうじゃなくてですね、あの……お名前……がわかんないので、その……」
「あ、そっか。東浦蒼汰(ひがしうら そうた)ね。蒼汰って呼んでくれればいいよ。荷物これ?」
「あ、はい、多分重いので気をつけて……」
「へーきへーき。これでも俺鍛えてるからねー……っと」
私がズルズルと玄関まで押し出した荷物をその人……蒼汰さんは軽々と持ち上げ、駐車場にあるトラックへと運んで行く。あっという間に部屋の中が空になった。
「荷物これだけ?」
「あ、はい、あとは学校の教科書とか制服とかなんで、自分で……」
「りょーかい。じっちゃん、これで全部だってさ」
窓からお爺さんに向かって叫ぶと、蒼汰さんは最後に部屋の戸締りやガスの元栓なんかを確認して、私に笑いかけた。
「さーて、いこっか?」
「あ、はい、よろしくお願いします」
「いい返事」
頭を下げると蒼汰さんはニッと笑って、また私の頭を撫でた。

階段を下りて、下の部屋の大家さんに挨拶をしたあと、お爺さんの運転する車に乗り込んで、今までお世話になったアパートに別れを告げた。

こうして、私の長かった1ヵ月が終わりを告げ、新しい生活がまさに今始まろうとしていたのでした。