新生活に暗雲はつきもの?

荷物を運び込み、片付け、ようやく部屋らしくなった新しい私の部屋。
今までのアパートに比べると狭い部屋ではあったけれど、正直これくらいのスペースのほうが落ち着く。
引き続いて小物やなんかの整理をしつつ片付けていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい?……あ、蒼汰さん」
ドアを開けるとそこに立ってたのはなんかお菓子の小袋を持った蒼汰さんだった。
「美桜ちゃん、落ち着いたら休憩してお茶にしようってさ」
「あ、はい、わかりました」
「んじゃ、下で待ってるね」
軽く手を振って蒼汰さんが階段を下りて行ったので、とりあえずざっとゴミを片付けて私も部屋を出る。

食堂らしきところを覗くと、お爺さんと蒼汰さん、それにこの間の綺麗な人がいた。
「あ、来た来た。入っておいで」
蒼汰さんが軽く手招きをすると、お爺さんは少しだけ不機嫌そうな顔をした。
「お、お邪魔します……」
「そんなに緊張しなくていいよ。ここ共同スペースだからみんな好きな時に好きなことしてるし」
「そんなことしとるのお前だけじゃ」
蒼汰さんの言葉にすかさずお爺さんのツッコミが入る。それを見て綺麗な人がくすくすと笑いながらどこでも好きなところへどうぞ、と私を促したのでとりあえず隅っこのほうへ移動する。
「いやいや、ハヤテくんじゃないんだからそんな隅っこに行かなくても。食べないからこっちおいで」
笑顔で蒼汰さんが手招きをすると、お爺さんが少し不機嫌そうな顔をした。
「……蒼汰が食べないとか冗談にしか聞こえないんだけど」
「えーハルさん酷いなー、そんな見境ない?」
「少なくともこれまでを見てきてるとね」
苦笑しながら言ったかと思うと、ハルさんと呼ばれた人が私のほうに向き直った。
「えっと、美桜さんでしたっけ?」
「え、あ、はい。横山美桜です」
声をかけられて軽く頭を下げる。
「僕は南野波琉(みなみの はる)。これからよろしくね」
「あ、こ、こちらこそよろしくおねがいします」
柔らかく笑う南野さんはやっぱり綺麗で、男の人に免疫がないせいもあるのか、ちょっとだけドキドキした。
「さて、わしゃちょっと寄り合いがあるんで出かけてくるでな。美桜、ゆっくりしていきなさい」
「あ、はい。いってらっしゃい」
お爺さんがそう言って部屋を出て行くと、蒼汰さんがコーヒーを飲みながら私に話しかけてくれる。
「あ、そうそう、ここに住んでるのはあと2人いるんだけど……今ハヤテくんは大学、リョウガは……そろそろ帰ってくるかなー。つーかリョウガだけが心配なわけだけど」
「はぁ……」
暢気そうな蒼汰さん。リョウガさんとか言う人、一体どんな人なんだろう……。
「まあちょっと問題ありな人ばっかりだけど、根はみんな優しいから大丈夫だよ」
「そう、ですか……あ、ありがとうございます」
そう思っていたら南野さんがお茶を差し出しながらそう言ってくれた。そのまましばらくそこで雑談をしていると、玄関の開く音が聞こえた。
「あ、帰ってきたかな」
「そうだね。美桜ちゃん、リョウガ、口も性格も悪いけどそんなに恐くないからだいじょーぶだよ」
「……性格悪いとかお前にだけは言われたくないな」
突然頭の上から聞こえてきた不機嫌そうな低い声。それを聞いても蒼汰さんは動じることなくテーブルの上のお茶菓子を摘んだ。
「あ、聞こえてた?」
「わざと聞こえるように言っただろーが……てか、こいつ誰?」
ちらりと私を見て、相変わらずの不機嫌そうな声で蒼汰さんに話しかける。てか初対面の人にこいつってどんだけ口悪いんですか。
「あ、もう忘れてる。こないだじっちゃんが言ってたでしょ。じっちゃんのお孫さんだよ」
蒼汰さんがポンポンと軽く私の頭を叩いて簡単に説明してくれる。なんか睨むような目つきでその人は私を見るので、慌てて姿勢を正した。
「あ、は、初めまして。横山美桜です」
「……ふーん」
興味なさそうに私から目を反らすと、その人は何も言わず部屋から出て行った。
「相変わらず無愛想な奴」
ぽかーんとその人が出て行った方向を眺めてると、蒼汰さんが呆れたように呟いた。
「あ、あれがリョウガ。西畑凌駕(にしはた りょうが)ね」
「はぁ……」
挨拶しただけなんだけど、なんか気に触ったのかな。
「あー平気平気。あいついつもあんななの。美桜ちゃんが気にすることこれっぽっちもないよ」
そう思ったのが顔に出たのか、蒼汰さんが手をヒラヒラさせて笑いながら言ってくれたけど、なんかモヤモヤするなぁ……。
「あとでちゃんと言っておくから、美桜さんは心配しなくていいよ」
「はぁ……」
「それより美桜さん、片付けは終わったの?」
「あ……そうですね、だいたいは」
「手伝いが要りそうなら言ってね。どうせ僕は今日暇だから」
「い、いえ!南野さんや蒼汰さんのお手をこれ以上煩わせるわけには……!」
南野さんの言葉に慌てて両手を上げて否定すると、南野さんは苦笑した。
「波琉でいいよ。なんか堅苦しいし。みんなからそう呼ばれてるから」
「……波琉……さん?」
「うん。そのほうがしっくり来る」
そう言って柔らかく笑うと、波琉さんは湯飲みをテーブルに置いた。
「あ、もしかして波琉さん美桜ちゃんに惚れちゃった?」
「蒼汰……その色恋のほうにすぐに結びつける癖、直したほうがいいと思うよ」
呆れたような顔をして波琉さんが蒼汰さんを見た。
「えーだって俺美桜ちゃん気にいっちゃったし。なんかちょー可愛い」
そう言った瞬間、蒼汰さんが私の肩を抱き寄せる。や、あの、顔近いんですけど!
「……源さんに殺されるよ?」
「……それは御免蒙りたいなー」
「あ、わ、私まだ片付け残ってるので!失礼します!」
これ以上ここにいると何されるかわからない……そう思って慌てて立ち上がる。
「えー、ゆっくりしてけばいいのに」
「蒼汰、無理言うんじゃないって。じゃあ美桜さん、夕飯が出来たらまた呼びに行きますから。ここ食堂もかねてますから、ここに来てもらったらいいですよ」
「あ、は、はい、ありがとうございます!」
慌てて部屋を出て、ため息をひとつ。どうも母子生活に慣れすぎていたせいもあってか、男の人との会話に緊張してしまう……しかも2人ともイケメンだしなぁ……。
ふぅ、とため息をついて移動しようとすると、目の前にさっきの無愛想な人が立っていた。
「……邪魔」
「あ、す、すみませ……」
慌てて通路を開けると、その人は私をじろりと見て、不機嫌そうな顔で言い放つ。
「……あいつらに何言われたか知らないけど、信用すんなよ」
「はぁ……」
それだけを言い残して、西畑さん……だっけ?が私と入れ替わりに食堂に入って行く。
単なる無愛想なだけなのかな、なんて思いながら、私は階段を登って自室に戻った。