ツンデレの定義

一週間かかってようやく同居人である波琉さん、蒼汰さん、北条さん、西畑さんと顔を合わせることが出来たものの、職業やらといった素性はまだサッパリわからず、北条さんが大学生ってのだけとりあえずは理解できた。
別に興味がないわけではないけれども、あからさまに聞くのもなんだかなぁ、という気がして結局わからないままである。




「あ、おはよう美桜さん」
「おはようございます、波琉さん」
食堂に入ると朝ごはんを作っていた波琉さんがいつものあの柔らかい笑顔で挨拶してくれる。
「お爺さんは?」
「源さんなら庭に出てるよ」
「はーい、挨拶してきます」
波琉さんにそう告げて、庭へと足を向ける。庭ではお爺さんがなんか体操のようなことをしていた。
「おはようございますお爺さん」
「おお、早いな」
「うん、学校遠くなっちゃったから」
苦笑してそう言うと、お爺さんも笑った。
「それじゃ、ごはん食べて学校行ってきます」
「おお、気をつけてな」
にっこりと笑うお爺さんに軽く手を振って、また食堂へと戻る。テーブルには私の分と波琉さんの分のごはんが用意されていた。
「あ、美味しそう、いただきます」
ごはんと焼き魚と味噌汁。初めてここで朝ごはんを食べた時に、なんか旅館の朝ごはんみたいだな、なんて言ったら波琉さんが笑いながらお爺さんが和食派だからね、って言ってたのを思い出す。かーさんと二人のときは大抵トーストと牛乳だったからなぁ。
というかいつもいつも食事を作ってもらうのは本当に申し訳ない気がするんだけど……一度自分でやるって言ったら、どうせついでだからいいんだよって言われてしまった。
「おっはよー美桜ちゃん」
そう思いながら箸を運んでいると、背後からいつもの能天気な声。
「あ、おはようございます蒼汰さん」
ぽんぽんと私の頭を軽く叩いて、蒼汰さんは台所に移動するとトースターに食パンを放り込み、インスタントコーヒーを作り始める。蒼汰さんがテーブルに戻ってくる頃には、私は既に食事を終えていた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様。美桜さん時間大丈夫?ここはいいから準備しておいで」
「い、いえ!食器洗う時間くらいは!」
慌てて否定するけど、遅刻したら大変だからって波琉さんが言ってくれるので、お言葉に甘えて身支度をすることにした。ホワイトボードに帰宅予定時間を書く。そして食堂から出たところで西畑さんとすれ違う。一応挨拶はしたものの、結局いつもの如くスルーされる。ほんと、いつになったらまともにこの人と会話できるんだろう。
そんなことを考えつつ、玄関を出て駅へと向かった。

電車通学は正直苦手だった。
最初のうちは学校についた頃には既に疲れきっていたけど、数日も経てば何となく慣れるもので、最近はどの車両が空いているのかも何となくわかるようになってきた。
「おはよー美桜」
「あ、多紀ちゃんおはよー」
「新生活慣れた?」
「まあそこそこ」
玄関で友達に声をかけられ、他愛もない会話をしながら教室へと向かう。学校生活自体はいつもとほとんど変わらなく過ぎていった。

「んじゃ、今日バイトだから行くねー」
「じゃ、また明日ね」
駅前で多紀ちゃんと別れて、そこから少し離れたバイト先である花屋へと向かう。制服のままだけど大丈夫かなー……。
「いらっしゃい……あ、なんだ美桜ちゃんか。制服だから一瞬わからなかった」
「あはは、引越しで家遠くなったから、家に戻ってると時間間に合わないんで」
そう言って店の奥にあるロッカー室へと向かって店の制服に着替え、手を洗って店舗のほうへと移動する。
「あーそっか、お爺さんの家だっけ?」
「はい、ここから駅ふたつ向こうなんですよ」
「そっかー、なら平日バイトきついかな」
「学校の帰りにそのまま寄れば平気ですよー」
店長さんが心配してくれるけれど、私としては収入が少しでも減るほうが痛い。
「いやいや、帰り遅くなるでしょ」
「大丈夫ですってば」
なんて言いながら仕事に精を出す。いろいろな花に囲まれて仕事をするのは正直楽しい。楽しくて終了時間の午後7時が暗いということをすっかり忘れていた。




「しかし……思ってた以上に暗かった」
苦笑して駅の外を見る。駅付近は明るいものの、一歩路地に出ると一応外灯はついているものの足元がぼんやりと見える程度だ。かといってここでじっとしていても家が近付いて来てくれるわけもなく。
「……行きますかー」
駅から家までは徒歩10分もかからない。ちょっと不安な気持ちを押さえつつ、駅から一歩を踏み出した……ところで声をかけられる。
「……お前、一人で何漫才やってんだ」
「ひぇっ……!?」
驚いて慌てて振り向くと、そこに立っていたのは……いつもの不機嫌そうな顔をした人。
「へ……西畑さん……?」
名前を呼ぶと、眉間の皺が一本増えた……気がした。
「いやあの、今日バイトの日でして、で、バイト終わってすぐの電車だったんですけどこんな時間で……ははは」
西畑さんの視線に、聞かれてもないのに現状を説明して苦笑して頭を掻くと、なんか大げさにため息をつかれる。あ、ちょっとイラッとしたぞ。
「……馬鹿?」
「な……っ?」
今馬鹿って言ったよこの人……いや、確かに馬鹿かもしれない……けどそんなはっきり言わなくてもいいじゃないですか。
「仮にも女なんだから、もっと考えて行動しろ」
「か、仮じゃなくても女です」
「どっちでもいい」
そう言ったかと思うと西畑さんはさっさと歩き始め、数歩歩いたところで振り返りもせず言い放つ。
「……早く来い」
「へ?」
今なんて言った?と思ったのも束の間、西畑さんはまた一言。
「来ないと置いてくぞ」
「あ……え、え?」
そう言って歩き始めるので、慌てて西畑さんの近くへと走った。
しかし、一緒にいるのに会話もなく、家までをただ歩くってのはかなり苦痛ではある。
「あの」
なので思い切って声をかけてみるけれど返事はない。やっぱりな、と思いながらため息をつく。しばらくの沈黙のあと、突然西畑さんが呟いた。
「……別に治安が悪いわけじゃないが、帰りはもう少し早いほうがいい」
「は?」
「何かあってからでは遅いから」
それ以降西畑さんは何も言わなかった。確かに、間違ったことは言ってないしな……そう思いながら西畑さんのあとを付いていく。時々ちらっと西畑さんの顔を見上げても、あのいつもの仏頂面で表情がまったく読めない。そうこうしているうちに家が見えてきた。
「……あの、ありがとうございます」
「……別に」
そういったかと思うと早足で……違う、いつもの西畑さんのスピードで家に入っていった。……もしかして私のペースに合わせてくれてた……のかな?そう思いながら玄関を開けた頃には既に西畑さんの姿はなく、代わりといっちゃなんだけど蒼汰さんが盛大な笑顔で迎え入れてくれた。

食事をして、お風呂から出たところで部屋を出てきた西畑さんと目が合う。西畑さんはやっぱり恐い顔をしていたけれど。
「西畑さん!」
思い切って声をかけてみると、また不機嫌そうな顔をして私を見た。
「さ、さっきは、ありがとうございました」
「何が」
「いやあの、駅から家まで……」
「ついでだからどうでもいい」
そう言って西畑さんは洗面所のドアに手を掛ける。そんな西畑さんをぼんやり見ていたら、突然西畑さんがこっちを見た。
「な……っ……なんですか……っ?」
びっくりして上ずった声でそう言うと、西畑さんは少しだけ不機嫌な顔をして。
「……凌駕でいい。苗字呼びは面倒臭い」
「は……?」
そういい残して西畑さんは洗面所のドアの向こうに消えていった。
……ツンデレ?もしかして今流行のツンデレって奴なのか?!
そう思いながら食堂のほうを見ると、蒼汰さんがニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「って……蒼汰さん、いたんですか」
「うん、いた。凌駕、美桜ちゃんのこと気に入っちゃったみたいだねー」
「……は?」
何であれだけの会話でそういう結論が出るんですか教えて偉い人!
「あ、でも美桜ちゃんが愛してくれるのは俺だけにしてね」
いや愛してなんてませんから、なんて思いながら蒼汰さんを見ると、まるでいたずらっ子のような笑顔で私の頭を軽く撫でた。