家庭教師?は挙動不審

なぜか私、北条さんの部屋で教科書を胸に抱えたまま立っています。
この部屋の主の北条さんは、というと……

「あっ……その……あのっ!」

挙動不審に陥っていました。





で、何で私がこんなところ……失礼、北条さんの部屋にいるかというと、それは数時間ほど前の夕食時にさかのぼるわけで。
居間で参考書とにらめっこしていたところに蒼汰さんが通りかかり、学生は偉いねーみたいなことを言われたんだった。
あ、なんで自室でしてないんだといわれると、こっちのほうが台所が近くていちいちお茶を入れに行かなくてすむって単純な理由だったんだけど。
「……今回のテスト、範囲が鬼なんですよね……」
なんて愚痴を言いながら応用問題をいくつか片付けていた。そうしたら問題集をパラパラとめくりながら難しい顔をしていた蒼汰さんは、なんか情けない顔をしてつぶやく。
「……美桜ちゃん、今時の高校生ってこんな難しいことやってんの?」
「今時のって……蒼汰さん高校のときやらなかったんですか?」
「あ、まあそれはそれで置いといて……って、そーだ、駿くんに教えてらえばいいじゃん?」
「……は?」
あっさりと言い放つ蒼汰さんの声に、私は言葉を失い、そしてたまたま帰ってきて食事をしていた北条さんは、というと……。
「は……っはははははぃぃい?!」
盛大に驚いてその勢いで椅子から転げ落ちていた……もー、どんだけヘタレさんなんですか……。
「ちょーどいいじゃん?駿くんもそろそろ美桜ちゃんに慣れないと。これからも顔あわせるんだしね?」
「いやあの、そんな勝手に……」
「はい決まり。美桜ちゃんはここ片付けて、駿くんの部屋に移動するー……あ、俺もお目付け役として行こうかなー」
なんか楽しんでやしませんか蒼汰さん!そう思って北条さんを見ると、泣きそうな顔をして蒼汰さんを恨みがましめに見ていた……。

で、今に至るわけですが。どーすりゃいいんですかこの現状。
「……あ、あの……っ」
「ご迷惑なら私部屋に帰りますけど……」
「い、いえ決してそのような……っ……じゃなくてあの……ですね!」
蒼汰さんが一緒にいるからなのか、北条さんは意外によく喋る。正直面白くはないんだけど、北条さんの性格だと仕方ないのかもしれないな。
「はーいはいはい。駿くん落ち着いて」
現況を作った蒼汰さんはニヤニヤと笑いながら、部屋の真ん中にあるテーブルのそばに座り込むと、自分だけさっさとコーヒーを飲んでいた。
「ほらほら。駿くんも美桜ちゃんもこっちこっち」
「あの……ここ……っ僕の部屋……」
「あー細かいこと気にしなーい」
いや普通は気にすると思います。同じことを思ったのか、北条さんは何か言いたげな目で蒼汰さんを見ていたけど、結局何も言わずため息をついた。
結局、私と北条さんの間に蒼汰さんが座るという、勉強を教えてもらうにしては変な席順で机を囲むのでありました……。

問題集とにらめっこをしながらただひたすら私は問題を解いていると、当然のことながらわからない問題が出てくるので、教科書や参考書を開こうとする。
「……そこは……公式Aを当てはめて……解くと早いです……」
「へ……っ?」
蚊の鳴くような声が聞こえて、慌てて北条さんを見る……と、北条さんは慌てて私から目を逸らす。
「……ありがとうございます……」
そう言って言われたとおりに問題を解くと、あれだけ悩んでた数式がすんなりと解けた。
「その……この公式はよく出題されるので……覚えておくと……いいと思います」
「はぁ……」
言われたとおりにアンダーラインを引くと、北条さんが少しだけ安心したような顔をした。
そうやって問題集を片付けていて、私が解き方に詰まったりするとすぐに解決法を教えてくれる。あ、一応見てくれてるんだ。
正直声が聞き取りにくいだけで、学校の先生の説明よりずっとわかりやすい。なんだかんだでものすごく短時間で出題範囲のおさらいが終わってしまった。
「……あ、おわった。ありがとうございました」
教科書や参考書を片付け、机の上の消しゴムのかすを集める。その動きにお目付け役とかいいつつ開始10分ほどで寝ちゃってた蒼汰さんが目を覚ました。
「……あれ、終わったの?」
「……蒼汰君……何しに来たんですか……」
まったくだよ。北条さんもっと言ってやれ。
「えー?だって俺教科書とか開くと5分で寝ちゃうんだよねー」
へらへらと笑いながら言う蒼汰さんの言葉に、北条さんはため息をついた。ホント何しにきたんだこの人。
「あ、じゃあ私部屋に戻りますね。北条さんありがとうございました」
「……いっ……いいいいいいえ!何のお構いも出来なくて……っ!」
面と向かって言うとやっぱりどもっちゃう北条さん。っていうか勉強教えてもらったのにお構いできなくてってのも変な気もするけど。
「いえいえ、私一人じゃ絶対終わってなかったから助かりました」
そう言って私物を持って立ち上がると、北条さんがホッとした顔をして微笑んだ……ような気がした。
「……あれ?駿くん笑ってる?」
それに気がついたのは私だけではなかったようで。
「へ……え?え?えええ……っ?」
……あ、気のせいじゃなかったのか。
蒼汰さんの突っ込みに北条さんが真っ赤になって言葉を失う。なんかもうこのままここにいたら北条さん鼻血吹いてぶっ倒れるんじゃないだろうか……。
「あ……あの、私部屋に戻りますね……」
「は、は、はい!是非そうしてください!……じゃなくてあの!あああああ……」
いっぱいいっぱいなんだろうなぁ……北条さん。そう思ってこれ以上は何も言わずに北条さんの部屋を出て、自分の部屋に戻る。持ってきた消しゴムのかすをゴミ箱に捨てて、明日の学校の用意とお風呂の用意をした。

お風呂から出たところで蒼汰さんに会った。
「あ、お風呂先に入らせてもらいました」
「ほいほい、ちゃんと髪乾かさないと風邪引くよ」
「はーい」
肩にかけていたバスタオルを自然な動きで蒼汰さんは私の頭に被せる……慣れてるなぁ。
「あ、そーだ。駿くんから伝言」
「へ?」
「さっきは失礼なこと言っちゃってごめんなさいってさ」
「……えー……?……何か言われましたっけ?」
「さあ?」
なんか言われたっけ?一生懸命会話を思い出すけど、それらしい言葉なんて思い出せない。
「ま、美桜ちゃんが気にしてないならそう言ってあげれば」
「はぁ……でも私が話しかけても大丈夫ですかね」
「大丈夫じゃね?……っし、俺も風呂いくかなー。んじゃおやすみー美桜ちゃん」
のほほんとした声の蒼汰さんがお風呂に移動したので、私も部屋に戻ろうと階段に向かったところで、食堂から出てくる北条さんの背中が見えた。
「……あ、北条さん」
声をかけると大げさなほどに驚いてこっちを見る。そして私の姿を確認すると、また眼鏡の奥の目が泳ぎ始める。やっぱり、まだ私から話しかけるのは早かったかなー……かといって声をかけておいて何も言わないのもなぁ……。
「えっと、先ほどはありがとうございました。おやすみなさい」
とりあえず当たり障りの無い言葉を探し出す。
「は、はい!お……おやすみなさいませ!」
異様に礼儀正しくお辞儀をされて、逆にこっちが申し訳ない。
「……あの、私のほうが一応年下なんで……その、あんまり気を使わないでくださいね。それだけです」
そういって軽く頭を下げ、階段を上ったところで、北条さんの小さな声が聞こえた。
「……あ、ありがとう……ございます……」
「……こちらこそ」
なるべく柔らかく微笑んだつもりだけど……大丈夫だったかな。ちらりと階下の北条さんの顔を見ると、なんだかホッとしたような顔をしていた。

ま、これでよかったのかなー……。